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2011(Sat)

「ジョニーは戦場へ行った」ドルトン・トランボ著

読感/翻訳小説

「ジョニーは戦場へ行った」ドルトン・トランボ著/

戦場で砲弾にあたり、目、鼻、口、耳をそぎとられ、両脚、両腕まで切断された青年ジョニーが過去から現在、現在から未来へとめぐらす想念…。発禁にあいながら反戦の想いをこめて版を重ねた問題作。

↑本の内容紹介から。

戦場で目、鼻、耳、口を削がれ、両腕両足もまた壊疽で切断された青年ジョニー(ジョー・ボナム)の物語です。
本の内容紹介ではジョニーがどういう状態にあるのか明かされていますが、小説の始まりでは彼は自らの状態がどんなであるか知りません。
幸せだった頃の記憶、戦場でのこと、思考が巡るなかで、彼は自分の耳が聞こえないことを知り、目が見えないこと、手足が切断されていること、口がなく自発呼吸していないといったことを徐々に把握していきます。
決して、戦場に行きたくて行ったわけではなく、徴兵されて異国に向かったその先で待ち受けていた現状に対し、後悔と悲愴が読んでいて苦しいです。

戦時中でも財産を保護する法律はごまんとあるが、人間の生命保護について書かれた本は一冊もない。
(「ジョニーは戦場へ行った」P127より)


お願いだ、われわれが見、感じ、言質をとり、理解できる戦争の目的を与えてほしい。本国のように意味のない大言壮語をいう国はもう真っ平だ。母国、祖国、故国、本国。みんな同じだ。死んでしまってから本国ははたしてなんの意味をもつのかだろうか? 死んだあとでだれの本国になるのだろうか? 本国のために戦って死んでしまえば、よく調べずにものを買ったようなものだ。金を払ったはいいが、なにも手に入らなかったのとおんなじだ。
(「ジョニーは戦場へ行った」P131より)


第一部が死者、第二部が生者という二部構成で。
第二部では、外部に伝える術がなく、思考だけが許された生きる屍となったジョニーがやがて皮膚から感じる振動で、外界との交信を試みようとする。
そうして、ジョニーは自らでもって、人々に戦争を体現しようとするのですが……。

死んだ方がマシだと言うような絶望。
戦場に向かえば誰しもがジョニーのようになるかもしれない、反戦へのメッセージが込められていることで、戦争自体にも色々と考えさせられますが。
外からはただの肉の塊にしか見えなくなっても、そこに意思はあるのだとすれば、人間という存在についても、考えさせられます。
果たして、自分がジョニーのような状態になったら、正気を保っていられるだろうか……。
考えると、怖くなりました。
また、戦争のたびにこの本は、アメリカでは発禁処分を受けたという……。
(原著の初版は1939年)
そんな社会の思惑と、それでも今に至るまで版を重ねて出版されてきた、人々が願う平和と。
読んでいて苦しかったのですが、考える機会に出会えたことはとても良かった思います。

ただ一つ注文をつけるなら、問題はこの本が現在……品切れだということ。
(古本屋で見つけた)
……いや、たまたまですよね?
(反戦への関心が薄れていっているとは考えたくない)

ジョニーは戦場へ行った (角川文庫)ジョニーは戦場へ行った (角川文庫)
(1971/08)
ドルトン・トランボ

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